大学を卒業することになりました。

Facebook には書いたけど、おかげさまでやっと大学を卒業することになりました。
まるまる12年間、大学にはお世話になり、色んな事があったなーと感じつつ、振り返ってみたいと思います。

まず大学に入る前の2002年3月23日、SUA (Soka University of America) から、不合格の通知が届いた。これが人生初めての挫折と言っても良いかもしれない。現実の厳しさを知り、愕然とする間もなく、日本の創価大学に行くことが決まったワケだけど、全く心の準備できていなかった。SUAに行くものだとばかり思っていたのに。
そしてバタバタしながら、友だちとの二人暮らしの家を決め、入学式。隣に座ってた関西校から来た男の子の携帯が式典中鳴ったのを覚えてる。その後に起こることは何も知らなかった。

5月。もはややる気など出るわけもなく、授業には行かない日々が続いた。昼夜逆転の日々。しかし、友だちに誘われて写真部を見に行ったら、創桜アルバムの例会をやっていて、真剣な先輩たちの姿に心打たれた。
写真部にとりあえず仮入部することにした。当時付き合ってた彼にカメラを借りて、写真は前から興味があったんだった、と思いながら、現像・プリント初体験。
6月頃遊びに行ったロンドンナイトで、カメラマンのシンヤさんと出会う。
7月の終わり、テスト期間だったけど、一切無視。シンヤさんの社員旅行に金沢に行く。金沢から帰ってきた日の深夜、先輩から電話があって部室に現像プリントしに行った。何やら「研修会」なるものがあるらしい。まだ気持ちは仮入部だった。
研修会に行って、写真部に「学生閃光会」のお名前をいただく。その日の合宿にはたくさんのOB/OGがいらっしゃっていた。
8月成績が出て、当たり前だけど単位が全く取れていない。焦ってTOEFLの点数で英語の単位認定してもらうことにした。
夏休みは、期展の準備とかやったなぁ。
期展をやったけど、11月の創芸展まで、仮入部だと思っていた。11月の創大祭も創芸展の受付を寝過ごしたりして、適当だった。
10月頃、家庭教師のアルバイトをサボって、相手のご家庭がヤ○ザだったのを覚えている。殺されるかと思った。この頃、ヌードを撮ってもらった。
後期もほとんど授業に出なかった。気持ち的にはすごく落ち込んでいた。「ポジティ部」「ネガティ部」とか言って笑っていたけど、自分の使命が分からず、祈りながら泣く毎日でした。

2003年1月30日、深夜工場で短期バイトをしていて、バイトが終わった日、はりとみっちゃんが実家に遊びに来るというので、実家にバイクで帰ろうとしていた。一瞬だった。
家の前の一時停止の丁字路で、右に出ようとした瞬間、左から20tトラックが来ていて、そのドアにぶつかって原付ごと飛ばされた。ヘルメットは遥か彼方に飛んでいって、その場にいた何人かの人に助けられて、自分が無事であることを確かめる。でも右目の上の方が腫れているような?大丈夫大丈夫、と思いながらも、「座っていなさい」と言われ、救急車を待って、病院へ行った。事の大きさが段々分かってきた。怪我の方は、特に大したモノじゃなかったことに、警察の人も驚いていた。病院までタクシーで母が来てくれた。
家に帰って、自分は次の日付き合っていた彼とミッシェルのライブに行く約束があったのを気にしていたけど、そんな場合ではない。祈りながらはっとさせられた。確かに生命を護られたこと、自分には「使命」があるんだと確信できたこと。
そして、女学の先輩に会って話をしたら、やはり確信が深まった。3日後ぐらいに部室に行ったら、顔が腫れてて、帰らされたことを覚えている。

2月。学外展の準備中に何度も先生から激励をいただく。お写真をいただいた。
学外展当日、先生のお写真を一緒に展示していただくことになり、写真が届いて驚く。激励でいただいた写真とほぼ同じカットだったから。写真部での使命を感じた。

春休みは短かったけど、最後にSUAに行った。先輩の卒業式の日に帰ってきた。
あとモデルやって、髪の毛をボウズにして、ピンクにした。ピアスも開けた。

すごくポジティブな気持ちで2年生になった。女学のフレッシュグループ楽しかったなぁ。
でもやっぱり授業に出られなかった。一人暮らしを始めた。
ミッシェルが解散して落ち込んだり、写真部ばっかりの日々。前期、期展をやった。
後期も写真部のことしか記憶にない。

疲れてきたのでダイジェスト版。
大学を辞めようと思ったけど、桜に励まされて続けようと思った。
3年生。髪型はドレッド。前期は頑張って授業に出た。初めて12単位取った。
またもや写真部漬けの日々。夏休みはキューバに行った。
後期は広告制作のバイトばっか。単位落とす。

2005年。あんまり覚えてない。映画をたくさん見た。
2006年。卒業旅行(周りは卒業)に、中国、ベトナムに行った。また桜に励まされて大学を卒業することを決めた。けれど、気持ち・身体的に限界だった。33kgぐらいまで痩せた。
2007年。休学して、何もしてない。
2008年。家族でシンガポールに行った。パチンコ屋とか友だちの紹介でスタイリスト事務所とかでバイトした。頭痛薬飲みまくってちょっと自殺未遂っぽいことした。後期から復学。
2009年。卒部。大学もまだ続けてる。
2010年。大学まだ続けてる。
2011年3月、大学をいったん辞める。イギリスに留学。9月に再入学。山崎先生のおかげで辞める前の単位を全部認定してもらえた。
2012年。大学まだ続けてる。
2013年。初めて14単位も取れた。やっと卒業の望みが見えてきた。と思ったけど、後期は0。
2014年。単位全部取れるという快挙の結果、9月卒業が決まる。

2005年〜2011年はほぼ同じ事の繰り返し。授業、最初の方は出るんだけど、段々行かなくなって、テストも受けないという感じ。
結局、後期は最後まで取れなかった。冬に弱い。
大学って基本的に授業に出なければならないこと(2/3以上)、今でも疑問。

こんなはずじゃなかったとか、思っちゃうこともあるんだけど、もうここまで来たら開き直るしかないかなと思ってる。
親にはたくさん迷惑をかけた。ごめんじゃ済まないので、これから恩返しの人生を生きていきたい。