今、あと少しでぶっ倒れそうになりました。
比較表現を使うなら、「38度の高熱の時より苦しい」。
信仰は、感情でも理性でもないというか、どちらでもあるというか。
それは、人生のすべてであって、対立するものがないように思います。
つまり、根本。言葉だと簡単だけど、それを証明するのはとても難しいことで。
普段はそれが何であるかを証明するために、対立する項目を立てて比較したり考えているから。
うまく言葉にできないけど、これは諦めとかじゃなくて。
勇気が湧くようで、締め付けられているのかもしれなくて。
信じている・信じていないということを、分かろうとすることは無駄なことだと思う。
大切なことは何なのか、ということも同じで。
いい意味での求道心を忘れてはならないけれど、今はもがくために必要なエネルギーが足りない。
無駄なことにも意味があって、何もかも理解を超えるけど、分かろうとするのは、もうやめようと思う。
