Category: Art

Esquire (エスクァイア) 日本版 02月号 [雑誌]

Esquire (エスクァイア) 日本版 2005年 02月号

出版社:エスクアイア マガジン ジャパン( 2004-12-24 )

定価:¥ 700

雑誌 ( ページ )

ISBN-10 :

ISBN-13 : 4910119150250


旅する写真家。

人気作家たちの撮りおろしトラベルフォト。
ヴォルフガング・ティルマンス、ライアン・マクギンレイ、鈴木理策、蜷川美花、若木信吾

HIROMIXのSpecial Days with……
テリー・リチャードソン、マリオ・ソレンティ、etc.ヒロミックスによる彼らのポートレイト&対談集。

2004年巨匠たちをめぐる旅。
アンリ・カルティエ=ブレッソン、ヘルムート・ニュートン、リチャード・アヴェドン
奇しくも同じ年に逝去した巨匠たちの足跡を求め、パリ、ベルリン、ニューヨークへ。

専門書店が選ぶベスト旅写真集カタログ。

ペ・ヨンジュン 独占撮影&インタビュー!
緊急掲載!エスクァイア日本版とぺ・ヨンジュンだけのオリジナルフォトセッション!!
    
スピルバーグ最新作『ターミナル』を生んだ世紀のフォトセッション。
「ハーレム、奇跡の一日」。

村上春樹連載 4ページ

「写真との対話」森山大道

・写真制作上の方法というよりも、もっとそれ以前に僕の根底にある人間や世界に対する見方、考え方が写真のうえに必然的に反映しているのではないかと思っている。
・一体自分の生とは何か? といった絶え間ない自己確認の手段として、僕はカメラを持っているつもりなのだ。
・僕にとって、写真とは一枚の芸術作品を作るためのものではなくて、撮っても撮っても追いきれない膨大な世界の断片と、抜きさしならない自己の生とのかかわりのなかに、真のリアリティーを見つけるための、唯一の手段としてあるのだといえる。また、写真を主観性、客観性と二分することもナンセンスである。写真機という等価な光学機械を媒介にしていること、また、主観と客観が常に相対化されえるものである以上、一枚の写真には、必ずその双方の要素が内在しているはずである。

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ひっかかる

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ひっかかる
ひっかかるひっかかる。焼きっていう単純作業の真っ只中、今の自分が撮りたいのは素通りしていく世界のものじゃないんだよ!このひっかかるもんなんだよ!むしろ世界が素通りしてしまう自分を何とかしたいんだよいいかげん!と思う。常日頃展の頃もひっかかっていた。あーずっと逃げてきたのか。ムシャクシャして泣きそうんなる。

限界芸術論

限界芸術論 (鶴見俊輔集)

著者/訳者:鶴見 俊輔

出版社:筑摩書房( 1991-06 )

定価:¥ 5,040

Amazon価格:¥ 5,040

単行本 ( 488 ページ )

ISBN-10 : 4480747060

ISBN-13 : 9784480747068


限界芸術論 鶴見俊輔集
鶴見 俊輔 (著)

単行本: 488 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 筑摩書房 ; 6 巻 (1991/06)

目次
芸術の発展
大衆芸術論
黒岩涙香
新聞小説論―高木健夫『新聞小説史稿』を読んで
円朝における身ぶりと象徴
『鞍馬天狗』の進化
まげもののぞき眼鏡
一つの日本映画論―「振袖狂女」について
国民文化論
太夫才蔵伝―漫才をつらぬくもの

まだまだ

自分は、写真をやってるけど、写真というのは、いや他の芸術にしてもスポーツにしても勉強にしても何にしてもそうだろうけど、数が大切です。なんだかんだ言ってどれだけ撮ったかっていうのは、その人の作品に技術的にも内容的にもすごく影響を与える。
撮ってプリントしたものを見て、さまざまに試行錯誤をする。そして、自己を明確化していく。それらはすべて自分の糧になり、その繰り返しの中に成長はある。ただ撮ってるだけじゃ意味はないけど、自分の場合は、ただ撮るっていうのができないんですよねー。そういう点で、本当に写真好きなのか?とか思っちゃうけど。やっぱり感動とまではいかなくても何か感じたものがないとシャッターを切ることはできない。その意味では、「感じる」ということ、「感じた瞬間」が多ければ多いほどいいってことになるね。
確かに、自己を明確化するという過程で、「感じた瞬間」というのは大切で、瞬間の思いをとどめておくという役割を、逆に写真が果たしてくれる。

まだまだ足りない。
もちろん写真に関して、でもそれ以外のことに対しても。「自分で努力する」ということの大切さ。最近になって身に染みます。

この間書いた、「自分にとって大学とは何か?」の中に、こんな文章が。

 自らの問題意識に対して、匙を投げるのではなくとことん自分の姿勢から「立ち向かう」。そうした自分の中での様々な葛藤を繰り返した後に得た経験により、情報は知恵へと向上し、自然と自分ができることの範疇というのが認識できるようになるのだ。
 こうしたことを繰り返していくことで、必要な方向性へと正しく自らを持っていくことを可能にし、そこから自分のペースが芽生え、最終的に他の者が持つものとは明らかに違った輝かしい魅力を放つ「個性」というものを育てる。

訂正しましょう。
「自分ができることの範疇」
  ↓
「自分の傾向性」

ネスカフェのCM

谷川俊太郎・谷川賢作

ネスカフェ モーニングキャンペーンに起用
谷川俊太郎の詩「朝のリレー」と谷川賢作の音楽「天使の涙」が使用された

「ネスカフェ モーニングキャンペーン」のCMが8月中旬からテレビ、ラジオなどでON AIRされます。
http://jp.nescafe.com/

※詩「朝のリレー」は、多くの学校教科書にも採用されている1982年に発表された作品です。
 音楽「天使の涙」は2002年に発表された谷川俊太郎 谷川賢作の詩と音楽のコラボレートCD「クレーの天使」に収録されています。

テレビを見ててCMに感動しちゃいました。谷川俊太郎さんの詩がとてもいいです。

楽しそう

rickdom

世界都市展
お昼までに仕事を片付け、3時ごろヨメと六本木ヒルズへ。
大泉学園>西武池袋線>練馬>大江戸線>六本木
チャンピオンを読みながら。

けどもう終わっちゃった・・・

8月ですね

ただいま。昨日金沢から帰ってきました。八王子暑いね。
全然関係ないけど、もう19才になってから5日ぐらい経ちました。

金沢は、時間の流れがゆったりしてて、ヒマだったけど、気持ちが良かった。
シンヤさん(カメラマン)の実家に泊まらせてもらった。
飲み代もイベント代も全部シンヤさんが出してくれて。ほんと感謝です。
まあ、楽しいこといっぱいあったけど、書くのめんどくさいから省略。

部活が忙しいです。
3・4日の研修会の時、聖教新聞の写真局の牛田局長に写真を見ていただく機会があるから、ひとり5作持っていくことになってて。5作ってねえ。そりゃもう大変なことなんすよ。
しかも六切りっていう、普通よりちょっと大きいやつだから大変なんすよ。
昨日、9時ぐらいに帰ってきてすぐ学校行って、現像とプリント、朝6時までやってました。
今日も夕方5時から例会でそのあと12時ぐらいまでプリントしてました。
すげえハードです。
研修会って、合宿みたいなものなんだけどね。箱根に一泊。次の日は撮影会。
しかもさあ、牛田局長って、世田谷の区長だから、会合でうちに何回か来ててちょっと知り合いだし、自分的には区長なんだけど、気まずいぜー。自分の写真見られるのはずかしい。

写真うまくなったかなあ。なんかあんま変わってない気もする。
最初の頃は、自分の中で「こういうのが撮りたい」っていうのが明確だったんだけど、
最近はよく分からなくなってきた気がする。というか、納得いくのが撮れてない。
いっぱい撮るに越したことはないんだろうけど、あんまりシャッター切れない。
まあそのうちはっきりしてくるかなあ。とりあえず今の自分をはっきりさせたいです。

そういえば、写真部32期で展示やります。期展です。
9月23日から28日A棟ロビーです。
別に見なくてもいいけど、頑張ります。

しばらく部活忙しいけど、夏休みやることないな。
やっぱバイトしなきゃお金無いんだけど、面倒だし。
あとは、ライジングサン行きたいし。
忘れてたけどいつの間にかフジロック終わっててすげえ寂しい。

眠れない

なんでか知らないけど、この3日間ぐらい、眠れない。
昨日は結局5時ぐらいに寝た。あーでもさ、起きるの8時30分だから結構寝てるのかあ。
まあ生活に支障をきたしてはいないのでいいかなあって思うけど・・・。ちょっとね。

唱題しながら日記に書こうと思ってたことがあったけど、忘れちゃったー。なんだっけ。

とにかくね、昔の日記が出てきて読んだんですよ。
なんか泣いちゃった。センチメンタルな気分て言うんでスカね。こういうのを。
前は、もっといろんな感情があったなって思った。
今は、悲しいとか切ないとかそういうことばっか考えてて。
それを考えるとさらに寂しいんだけど。
うーん。なんでだろうなー。歳取ったのかな。まだ18だけど。

今日は、写真部の部会と例会の両方に出ました。写真って奥が深いですね?。
感想を求められると、うまく話せなくて自己嫌悪に陥るけど、やっぱり写真部いいと思った。
常に先生のスピーチから学ぶっていう姿勢があるから安心する。
ここで自分をちゃんと鍛えていきたいと思う。
自分は、写真をやって自己表現の手段を少しでも得たいっていうのがあって。考えてることとか、感動したことを表現できるってすごいことだと思うから。
自分は自分のことを表現したいと思ってるのに、すごく下手で。
やっぱりね、人が表現してるのを見ると解放されるし、その人自身も解放されてると思う。
音楽でもそうだし、文学でも、絵画でも、グラフィックでもなんでもそうだけど。
自分のことを表現したりするのがうまい人はすごいうらやましいです。

いつまでも自分に自信を持てないのは嫌だって唱題してるとき思った。
もう死にたいって思いたくないって。すごくポジティブでいいことだね。
だから、写真をやって少しでも解放されたいっていう気持ちもあるわけです。

いい写真を撮るのは、難しくて、やっぱり自分が表れるけど、それとちゃんと向き合いたい。
こうやって日記を書くのもそういう作業のひとつとしてやってるけどさ、
写真も始めてみようと思います。

とにかく、先生の写真ってほんとすごいよね。