フィルム大手のAgfaPhotoが破産
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ベルギーのAgfa-Gevaertは5月27日、写真フィルムの世界大手AgfaPhotoが破産申請を行ったと発表した。Agfa-Gevaertは昨年11月2日付でコンシューマーイメージング事業を投資家グループに売却、以後、AgfaPhotoの社名で運営が続けられていた。
Agfa-GevaertではAgfaPhotoの破綻による実質的な影響は受けない見通しだと説明。このような事態になったのは残念だが、今後は破産管財人およびすべての関係者と協力する用意があると表明している。
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(ITmediaニュース) – 5月28日21時11分更新
写真界でフィルムの時代が終わりました。コンタックスも消えたし、写真はもうどうなってしまうか分からない。
個人的にデジタルは…あまり好きじゃないんだ。つまり、デジタルのデータについて知れば知るほど、奥が深くないことが分かる。デジタルデータの「本質」は、どこまで行っても0と1。0と1ですべてを構成して、0と1をものすごく細かい単位でたくさん集めて並べると、境目が見えないようになる。簡単に例えるなら、アナログが坂で、デジタルが階段。デジタル化するっていうことは(基本的に)、坂を段差が小さい階段に工事すること。坂の勾配を変えたりすること(データを加工すること)も段差を大きくするだけだから、簡単になる。だけど、そこには小さいけど確かに段差が存在する、間違いなく階段。表面は滑らかかもしれないけど坂じゃない。
人間の世界は、というか有機的なこの自然界では、階段は存在しない。均一な直線も存在しない。特に、人間が直接生産するしか手段がない、芸術とかそういう分野で、最も大切なことは「人間が生産した」という事実だと思う。それ以外の事実は意味を持たない、つまり簡略化することは意味がないと思うわけよ。
生活はこんなにデジタルにまみれてるのに、どうしてこんなに拒否感が強いんだろう。
デジタルだから写真じゃないとは思わない。どっちでもいいんだけど。ただ、「写真」=「データ」になるのが嫌なのかも。「写真」って言ったらプリントで(手に持って直接目で見える形で)持って来い、みたいな。パソコンでテレビ見たくない、みたいな感じ(ちょっと違うけど。テレビの放送はテレビっていう機械で見たい)。データがプリントされない状態が、フィルムでいうネガの状態っていうように置き換わるのも違和感だしな。
音楽のメディアで言えば、レコード→テープ→CD→MD→HDDと同じことで。でもレコードは死んでないみたいな。そう、死んでないし、HDDの中にも無圧縮のデータが存在してる(データ自体はデジタルなんだけどメディアとしてはアナログ。坂の勾配を保ったままデジタルで保存する新しい技術がある。これはバリアブルデータという名前で呼ばれている)。写真なら、今はRAWデータだけど、そのバリアブルデータの技術がちゃんと整備されてれば安心感があるかもなぁ。「人間が生産した」事実を曲げずにとっておけるから。
とりあえず、今の印刷技術(出力系の機材)は大したことないというか、自分の身の回りでデジタルのデータをそのまま再現するようなプリンターを見たことがないからかもしれない。ディスプレイ上ではものすごく綺麗なのに印刷したらそうでもないっていうことが大半でしょ。
結局、自分は、写真は「形」(手に持てる、幅と高さと奥行きのある3次元の空間に存在するもの)として表したときに、どうなのかが見たいのよ、特に展示っていうものがある限りは。この価値観さえ今後どうなっていくのか分からないけど。
クラブがどうなるかはまた別問題だな。10年後の写真部を考えるとき、展示の必要性とか展示のあり方自体が変わるし。「写真」ていうか「展示」か。考えなきゃいけないのは。写真は楽しめばいいもんだし。
とにかく、方法によって芸術は規定できないことは確かなんだよね。世界中の人が音楽をCDで聞いてるし、それによって感動してるからね、アナログじゃなきゃ感動できない人間なんて居ない。


