ま、ゆっくりと。

いっぱい書きたかったことあったけど、なんだかここに吐き出すのは避けてた。
現実に、人に吐き出すことは多かったから、いいことかなぁと思う。
自分で日記に書くことと、人と話すことすら両方一緒に出来ない不器用な人間です。

「今年を振り返って」的なことはしません。しません。したくありません。
なぜってこんなに辛かった一年は他にないから。

もう前だけ見て、気楽に生きていくしかないかなと思っています。
逃げてるところもたくさんあるけど、すべての良い面だけを見ていけるように。
ゆっくりと。着実に。

まとまんないけど、簡単にまとめたくない気持ちがまだ大きい。
後で振り返った時、今年をどんな風に思うか今から楽しみにしよう。

遊びたい

大人になると、遊びというのが思いつかなかったり、なかなか実行できなかったりする。
お金とか時間とか、そういう類のものに拘束されて頭の中に余裕がない。
子供の頃を思い出すと、想像力だけで遊んでいたんだ。

それを思い出させてくれた、このGIGAZINEの記事

非常に面白い。とにかくみんなでシャボン玉を飛ばす、Bubble Battle とか。ムービー。
[youtube=http://www.youtube.com/watch?v=aAm7TRsnc6U"]

企画してる、Newmindspace の人たち、最高ですよ。いいな。

アソビゴコロ(遊び心)とか、よく言うけど、実際遊ぶのとは違うワケで。
自分が何をしたいのかはよく分からないけど、目的とか、そういうんじゃなくて、ただ遊びたいなって思った。

うさぎとかめ 最近のことをまとめて書く

前に書いたのは、24日かぁ。25日の昼、親が家に来て病院に行こうとしたけど、自分勝手に断った。
自分はそれ自体をプレッシャーと感じたけど、親を泣かせてしまった。「分かってあげられなくてごめんね」って。
その日の夜中に調子悪すぎて耐えられなくなって、女子部の先輩に連絡して一緒に病院に行ってもらった。
病院に行っても身体的には大したことではなくて、精神的な健康の方が危ない状態だと言われた。
ひたすら後悔しかなかったけど、次の日の夜、親が迎えに来て実家に行くことにした。もう仕方のないことだと思った。

一週間、ほとんど何も考えずに過ごしていた。家族と話すこともあんまりできなかったと思う。
けど、なんだかんだ、安心してる自分がいるような気がした。

病院に行って、先生と話すのも嫌だったなぁ。カウンセラーの先生は、前と同じようにうまく背中を押してくれる。
いろいろ考えて、必要なのに家に置いてきてしまったものや、他にも家でしかできないことがあって、木曜日の夜、八王子に戻ってきた。
その夜は、結局寝なかった。断り切れずに追い込まれてやらなきゃいけないことがたくさんあったから。
それで、今の自分の状態では、この家にいるだけで無理しまくってることがやっと分かった。八王子はそういう場所なんだね。

でも、昨日は、学園に行った。家出た瞬間に相当しんどいことは分かってたけど、自分の中で、
この日に集うことが勝負点と決めていたから、這ってでも行かなきゃ納得いかなかった。
みんなの頑張ってる話・顔・姿、全部、なかなか自分の頭に入ってこなかった。どうしても人と比べることが避けられない。
途中で一度抜けて、外の空気を吸って、心を落ち着けて。自分らしくタバコを一服。
戻ったら池田先生からのメッセージが読まれてた。
先生との「勝利の絆」だけは、変わることのない、忘れられない、いつでも還ることができる原点。

本当は今日、また実家に帰る予定だったけど、卒論のことを考えるともう少しこの家にいなきゃいけないので、
親と買い物して別れた。実家から逃げてる部分もまだあると思うけど、一人でも心と体を休める戦いをする。
卒論は、出せても出せなくても、最大限の努力をすることで、後悔を残さないことだと思う。

今日読んだご指導。

他人と比べても、しょうがない。「うさぎとかめ」の話で、「かめ」が勝ったのは、別に相手が「うさぎ」だったからではない。「かめ」は、相手がだれであろうと、ただ自分の道を、自分の全力で、休まず、あせらず、一歩一歩、歩んだのです。そういう人が最後に勝つ。「きのうの自分」よりも、きょうは一歩、前へ進んだ。「きょうの自分」よりも、あすは、これだけ頑張ろう。そういう一日一日であってほしいのです。

うん。負けないで進みたい。最近、大丈夫と思わなくても大丈夫だと思える。矛盾した言葉ですが。

ビョーキ

昨日から体調が優れない。酷い頭痛と吐き気と軽い目眩と…。顔色悪すぎ。
でも、原因は大体分かってる。

創芸の締切の時、無理やり現像したあと一週間ぐらいすごく体調が悪かったのを覚えてる?
その時と似てる。というか、同じ感じだ。

最近なんとなく不安定だったうえに、卒論のことをずっと考えてて、追いつめられて学校に行ったり、
家でもPCに向かったり、本を読んだりしながら、卒論の内容を進めなきゃと思って必死だし、
その割に女子部の方には出られなくて後悔して、学外の作品のことも気にかかってて、
自分ではあんまり無理してるつもりはないのに、身体が無理だと言ってくる。

負けたくないのに。そうやって葛藤すればするほど、苦しくなる。
ただ、ここに出口や入り口は、どこにもない。自分の中の希望の光を信じるしかない。

インクリメント increment / デクリメント decrement

インクリメント / デクリメント とは、プログラミングの用語ですが、なんとなく、今の気分。

毎日、同じことを繰り返し考えて、不安を同じような幅で増やし、自信を同じような幅で減らして…
もう、今日は激しく不安定。朝起きたのに、病院に行けなかった。行かなかった。
疲れてたのもあったけど、なんか、もう、どうでもよくなりそうだったから。

友だちに会って話したり、メールしたりして、自分は大丈夫だよと必死でアピールしてる気がした。
心配されたくないのもあるけど、本当の自分を知られるのが怖くなった。
そんなこと気にしなくていいはずの関係なのに、自分から閉じてしまっていた。
大好きで、信じ切っていると思っていたけど、自分を信じられないことがどれほど罪なことか。
そういうことに、気付いた。想った。

いや、もう、いいんだよ。そんなことは。
ウジウジ考えてないでさ、晴れた日のことを考えればいい。
それができてないから、そう望むっていうだけの話。

ああ、本読んでないなぁ。何読もうかなぁ。
ああ、映画観てないなぁ。観たいなぁ。
ああ、写真撮ってないなぁ。撮りたいなぁ。

自殺について

題未定 – faireal.net
ブロガーのための自殺関連記事ガイドライン

これを読むべし。

実はずっと、もうやめてくれ、と感じていた。
その言葉を目にするだけで、不安になる人がいることを忘れないでもらいたい。
自分は、絶対に!死なないけど! 制御不能になったらどうしようと不安になる。

半分は生きたい意志だと分かっている。岡本太郎も言っていた。
でも、もう少し周りに理解してもらうこと頼ることも大切だと思った。

そして、師匠がおっしゃった言葉が頭から離れない。
「生き抜け」と。

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衝動

髪切りたい
髪の色変えたい
ピアス5個ぐらい空けたい

ひたすら電車乗って行けるとこまで行きたい
原付で高速走りたい
超豪華な車10台ぐらい買いたい

パスポート切れてるから海外は無理なのよね
英語だけで会話したい

願い

この一週間、部屋から一歩も出なかった。頭が重くてめまいがして気持ちが悪かった。
いや、この半年間、ずっとずっと、あらゆることに吐き気がしてた。
支えてもらうことでやっと倒れずにいられたし、言い訳することで分裂もできなくて、追い詰められては逃げて、成し遂げられない自分を責めて壊れそうになってた。
だからこそ、一瞬一瞬の葛藤があって、いつも以上に人の動きに想いを敏感に感じ取ることができて、徐々に満たされてると感じてた。
でも、自分が空っぽであることには変わりがなくて、周りを見渡せばみんな何か大きなものを抱えていて、自分だけが歪んでいて時間軸からさえもズレているように見える。

もうひとつは、空虚であることを言葉にする時の、悲しみ。痛み。
それを冷静に吐き出す自分の存在が邪魔して、分裂できずに、最低な自分をさらけ出して、何も力になれないのに人に求めてた。
最低なだけじゃなくて、誰かを傷つけてる。自分の存在・行動・思考を含めた全てが、誰かを傷付けている。近い存在の人ほど傷付けてきた。
だから、今までは人と本質的に関わることから逃げていると思ってきたけど、実際には空っぽの自分を満たしたくて依存してたんだと思った。

そういったことばかり、見えていた。考えてた。

だけど、願って生まれてきて、今ぶつかっている壁も、実は自分で願っていたことなんだろうということを思った。
抱えているものは何もない。客観的に見れば、今までほとんど不自由なく、大きな困難もなかったと思う。
家族に愛されていたし、要領よく立ち回って、中身もそこそこ悪くない。少し敏感すぎるけど、それは良い方に捉えられることの方が多い。
無駄な努力が嫌いなだけで、自分の好きなことを、わがままばかりをやっても、誰にもとがめられることなく、迷惑をかけたつもりもなくやってきた。
それなのに、空虚な自分、弱い自分、そういう自分ばかり見えて、苦しくなって。簡単に言えば、満たされない人生、不幸な人生だ。

分裂できないのは、ぶっ飛んでしまえないのは、冷静に吐き出している自分は、
やっぱり心の底から信じているものがあるからで。だから、やっぱりまだ生きている。

空っぽの自分で満足するのは難しいことかもしれないけど、根本的にはそういう話がしたい。
矛盾なんていくらでもある。肯定できないことも否定できないことも、曖昧なことの方が多い。
それでも、こんな自分でも、与えることは出来ないかもしれないけど、必死に手を伸ばすことは出来る。
空っぽな自分の中に、実はものすごい力が存在していることを信じること。
空っぽな自分の中に、本当は最高に満たされる自分がいると信じること。

人のために生きたい。苦しんでいたら、助けたい。そばにいるだけでも救われると知っている。
涙はこらえきれない。待っていることは確かだ。
それでも、願っている。決めている。

自分へ

祈ろう。祈ろう。確信の人になろう。お題目の人になろう。
御本尊を持っている自分。池田先生がいらっしゃる。

あらゆる人に、どれだけ支えられてるか、感謝を忘れるな。

疲れて当たり前。辛くて当たり前。

ぶち壊してしまえ

こんなに最低な人間なのか、自分でも思ってもみなかった。

何のために生きてるの?
また同じこと繰り返して、答えを見失って、信じられなくて。
弱すぎるよ。最低だ。最悪だ。

価値という概念を理解できないほど、腐ってるんだ。
涙も、思考も、感情も、止まらない。コントロールできない。
過去を消してしまいたいとか明日が来なければいいと願ってるのは、
今がある限りそれが続いているということを、信じてないから。

書きたくもないのに言葉にしているのは、前に進みたいからだけど、
これは、自慰行為に過ぎないだけじゃなくて、誰かのことを傷付けてる。
自分の存在自体も同じことだと思う。