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Words Archive
意志
- 2006-08-22 (Tue)
- Words
意志
岡本太郎著 『強く生きる言葉』 より
意志を強くする方法なんてありはしない。
そんな余計なことを考えるな。
きみはほんとうは激しく生きたいんだよ。
だから、“死”が目の前に迫ってくる。
それはとても正常なことだ。
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暴れだす
ウルフルズ / 暴れだす
あぁ 胸が
暴れだす 暴れだす
どうかそばにいてもしも あの時 もっと心に余裕があればなぁ
今まで こんなに人を悲しませずにすんだなぁ
人のために出来ることはあっても
人のために生きることができない
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悲しみと苦しみ
悲しいから苦しいのであって、
苦しいから悲しいんじゃない。
感情が逃げていくのであって、
感情から逃げてるんじゃない。
花は咲いてこそ価値がある
ゆっくりと、しかし永く咲け
ここに、他の場所にも
さわやかな花、みんなのために
悲しみを捕らえて放さない。
ゆっくりと抱きしめてやる。
それでいい。
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Help!
身体がかわいそうになるぐらい辛かったので、昨日と今日病院に行きました。
正確には、後輩が連れて行ってくれました。ううーん。。
しかし、自分はどこで戦えばいいのだろうって迷う。
「甘え」やら「逃げ」やら、そういう言葉ばっかり浮かぶ。
The Beatles / Help!
Help, I need somebody,
Help, not just anybody,
Help, you know I need someone, help.When I was younger, so much younger than today,
I never needed anybody’s help in any way.
But now these days are gone, I’m not so self assured,
Now I find I’ve changed my mind and opened up the doors.
休みすぎだし、頼りすぎだし。助けてもらって、まだ生きてて。
とりあえず、疲れすぎて何もできません。眠くてぐらぐらします。
おやすみ
ありがとう。
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合ってるような…
- 2006-07-04 (Tue)
- Words
ほへと数秘占術
1983年 7月 25日生まれのあなた今年の誕生日はまだですね、あと21日 前回の誕生日から344日目です。
年齢22歳は ドタバタは去り、安定した時期ですが、今までを振り返り反省分析し、来年度の計画をしっかりして下さい。・基本性格
こだわる性格を持ち、物事は狭く深くである。
頑固な職人気質であり、妥協や安易な考えは嫌う。
ものの価値観を決めつけずに柔軟に対応すること。・人間関係
真面目でやさしい。
人見知りしますが馴れればグループで必要な人。
自信家で頑固、間違っていると思っても他人の話に耳を傾けて下さい。
異文化の人とコミュニケーションをとって煮詰まった考えを捨てて下さい。・生活
肩こりや自律神経失調症に注意
身体を動かして、頭と身体のバランスを・金運
妥協無し完全主義の性格はそれなりの支出が必要です。
しかも他人から理解されない所にコストをかけます。
職人気質の仕事が吉。
でも、同じ誕生日のなのに全然違う性格の人を知ってる
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虚空
どんなに苦しくても人に求められない弱さしかなくて、
でも結局その弱さが自分自身を支えてるような感じで。
矛盾してるけど、今はまだそのループの中だと思う。
なんで全部ぶち壊せないのかって、信じてるからなのに。
信じたまま、そのままで、壊さなきゃ前に進めない。
あらゆるものに対して、返したいと思わせるけど、
返すんじゃなくて頂こうと
まずありがたさ
まず大切にして
空っぽの自分で返すより
満たされた自分から溢れるものを与えたい
そうじゃなきゃ与えられるばっかりで
与えられていることを感じられなくなる
くるり / ばらの花
雨降りの朝で今日も会えないや
何となく でも少しほっとして
飲み干したジンジャーエール 気が抜けて安心な僕らは旅に出ようぜ
思い切り泣いたり笑ったりしようぜ愛のばら掲げて遠回りしてまた転んで
相づち打つよ君の弱さを探す為に安心な僕らは旅に出ようぜ
思い切り泣いたり笑ったりしようぜ
僕らお互い弱虫すぎて
踏み込めないまま朝を迎える暗がりを走る 君が見てるから
でもいない君も僕も最終バス乗り過ごしてもう君に会えない
あんなに近づいたのに遠くなってゆく
だけどこんなに胸が痛むのは
何の花に例えられましょう
ジンジャーエール買って飲んだ
こんな味だったっけな
ジンジャーエール買って飲んだ
こんな味だったっけな
安心な僕らは旅に出ようぜ
思い切り泣いたり笑ったりしようぜ
流れを変える時は
どこに行くかなんて分かんない
それで得たもの与えられたもので
満たされない自分にはなりたくない
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人間のうた
- 2006-07-02 (Sun)
- Words
人間のうた 深澤 義旻
「うそをつくな」と、おれはいわない。
大事なときに、うそをつかなければいいのだから。
大事なときとは、 自分を不幸にするかどうかというときだ。「くそまじめにやれ」と、おれはいわない。
くそまじめにやって損をすることが多いからだ。
だけど、やらなければならないときは、
どんなにつらくても、苦しくても、やりぬかなければならない。
それは、自分をだめにするかどうかというときだ。「けんかをするな」とおれはいわない。
つまらないことでしなければいいのだから。
つまらないけんかとは、 みにくい感情の剥きだしのことだ。
そこからは、なんにも生まれてはこないのだ。
だから、けんかは、つとめて避けるがいい。
だが、始めたら、 相手の息の根が止まるまで、
もしくは、 相手が完全に「まいった」と音を上げるまで、
やめてはならない。
なまはんか、相手に同情して、
手をゆるめたら反撃されて、こちらの負けだ。「だれとでも仲よくしろ」と、おれはいわない。
ほんとうのなかまと、仲よくできればいいのだから。ほんとうのなかまとは、 手をにぎりあい、肩を叩きあいながら、
自慢話をしあえる相手のことだ。「いつも誰にでも素直でいろ」と、おれはいわない。
素直になるもならぬも、 それは相手によりけりだ。言ってることはほんとうか。
それは、ほんとうによいことか、よくないことかを、
よくよく確かめてからにしたらいい。たとえ、どんな相手でも、決して、 おそれず、ばかにしないでだ。
相手の目つき顔つき、ものの言いかたを、
おちついて、よく聞き、見ていれば、
たいがいピンとくるものだ。
人に対する無條件な素直さではなく、
真理に対する素直さをもつことだ。「まちがいや失敗をするな」と、おれはいわない。
大事なことをまちがえなければいいのだから。大事なことで失敗しなければいいのだから。
まちがいや失敗をおそれてはならない。おれがいう大事なこととは、
二度と立ち上がれなくなるかどうかということだ。
意思と体力で支えきれなくなるかどうかというときだ。他のまちがいや失敗は、 星の数ほどあったにしても、
少しもこわがることはない。まちがいや失敗から正しく学んでいくかぎり、
自分を高めていけるからだ。
まちがいや失敗を一つもしない人間は、
結局、なんにもしなかったやつなのだ。
口先だけで、何にもできなかったやつなのだ。「いつも正しくあれ」と、おれはいわない。
神様にも動物にもなれるのが人間だから。正しく美しいものに感動しながら、
悪いことをまねるのも人間だから。
喜びと悲しみを同時に受けとめることができるのも人間だから。いつ、どんなときにも、
うんと喰って、うんとたれて、うんと眠るがいい。
獣の眠りのように眠るがいい。そして、また、力を合わせて働こう。
「親に心配かけるな」と、おれはいわない。
心と體が丈夫なやつほど、何かをしなければいられないやつなのだ。
そうであるかぎり、何か、どこかで、
親に心配かけるにちがいないからだ。
親を喰らいつくして 思いっきり勇ましく生きてゆけ。幸せは祈って待ってるものじゃない。
戦いとっていくものだ。自分の弱さや醜さと戦いながら、 目的と目標をしっかり決めて、
それに向かって突進していくときに得られるものだ。それが自分を大切にすることだ。
自分を大切にすることをためらうな。
自分を大切にできないでいて、
どうして、人を大切にできようか。自分を大切にすることが、同時に、
人を大切にすることになる生き方を、
なんとしてでも、見つけだし、つくり出さねばならぬのだ。それは、人間にだけできるのだ。
それが、人間の権利であり、義務なのだ。
そのように生きていったとき、 おれたちのまわりにも、
人間らしい人間がいることに きっと気づいていくはずだ。
ほんとうのなかまもできるのだ。そのことが、そうして生きていくことが、
どれほど苦しく悲しく切なくても、
自分の意志で選んだ道を、
もうひき返さないぞと覚悟して、
歩み続けていくならば、
悲しみも、苦しみも、怒りも、
人間の誇りにかえていけるのだ。雨が降っても、 曇っていても、
見ろ、
雲の上には、太陽がある。
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涙が流れるとき
昨日もらった手紙に、この歌詞が書いてあった。
コブクロ / 手紙
泣いてしまう程 辛いのは
1番がんばった日の証
そんな自分を 時々は
休めてあげなきゃダメだよ
毎日1リットルぐらい泣いてる(大げさ)。
頑張ってもいないのにな。なんでだろ。
人前で泣くことにすごく抵抗があったはずなのに、もうコントロールできません。
今週は、1日平均3時間睡眠。
起きてなきゃいけないわけでもなく、授業にも行ってない。
情緒不安定ってやつですか。
全然冷静になれなくて、人に話そうとしても言葉が出てこない。
やるべきこともやりたいこともやってないし、何もできてない。
申し訳なさばっかりだし、何が足りないかも分からなくなって、混乱。
感謝や決意はいっぱいしてるはずなんだけど。本当は。
「それ、うわべだけじゃないんですか?」 って自分に聞いても、
「違います。心から感じてます」 と返ってくる。
ここに吐き出して、また同じことを繰り返して、どこに向かえばいいのかよく分からなくて。
でも、ああ。別にもう死んじゃえばいいやって思うこともあるんだけど。
自分自身に正直に生きて、喜びも悲しみも全身で受け止めて、何が悪いのか。
それに耐えられなくなって、逃げてるのは自分自身の弱さでしかない。
頭では分かってても、動き出すのに必要な意味とか探ってみたりして、パンクする。
休みたいとかは思わないけど、ちょっと疲れた。だから、どうしていいか分からない。
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BOSS THE MC
- 2005-10-03 (Mon)
- Words
英雄史観 第2回: 宮沢賢治
TEXT: BOSS THE MC (THA BLUE HERB)
WOOFIN’ 1999年10月号
「本来姿を持たないコトバ」を何とかしてオマエの心の根元に映すために、ただそれだけのために目の前のペンと紙はある。オレの肉体と心は「今思っていること」と同化してそれをどうにか「本来姿を持たないコトバ」で表現しようとしている。
オレのコトバもみんなのコトバや写真と同じくここでは紙の表面にへばりついている。紙を破ればオレのコトバは正確な順列を乱し意味を失うし、火をつければ紙と一緒に灰になるだろう。あるいは発見されずに閉じられ部屋の隅で腐っていくかもしれない。コトバはペンを通してオレから離れた以上はもはやオレのモノではない。どこへいくのか? 読み手や聴き手の心だ。そこ以外に呼吸をできる場所はない。オレは誰に話しているのか? オマエにだ。オマエの(今、字を読んでいる)眼でも、ページを押さえている手でもなくオマエの心にだ。オマエにだ。どんな印象であれ、(好き嫌いはオマエのものだから否定はしないよ)、そこが晴れであれ雨であれオマエに記憶してほしくてオレはモノを書く。オレを。今オレが思ってることを。ヒマの垂れ流しみたいなモノはオレは書かないよ。いつ、どんな場でも。堅苦しい? ユーモアなら目一杯詰め込んでるつもりだけどな。
コトバの力を最初オレは信じなかった。ただの「字」だと思ってた。そう思い込んでいた時間が長かった分だけ宮沢賢治のコトバにひどく打ちのめされた。それが直筆だったらまだその力もすぐに信じられただろう。魂が乗り移るのもわからなくはない。だけど、オレが読んだのは80年前に書かれたモノだった。何百回、もしくは何千回目かのコピーだった。そんなオレが生まれる前に東北の片隅で書き留められただけのコトバが、80年後に札幌の片隅の人間の心に容易に映像や音、怒りや悲しみ、苦しみ、痛み、そして喜びを見せる。単なる文字の組みかえではなく詩として。特定の誰かのためではなくコピーされたコトバがオレの心に入り込み、呼吸を始め、オレのコトバを倒し、結びつき、鍛えた。つまりひとりのラッパーを育てた。これまでもそしてこれからもいたるところでそうするように。宮沢賢治はこういった。いや正確にはこう書き残した。
詩は裸身にて理論の至り得ぬ堺を探り来る。
そのこと決死のわざなり。――
オレのコトバがオマエにとって全く無益なモノならば、オレじゃなく誰かのコトバか、オマエのみたいモノを見ることを薦める。
ヒマの垂れ流しのようなコトバがオマエに話しかけてきた時、オマエは全力でそれを拒否するんだ。なんの話かって? 無理解と無気力にコトバで断固闘いを挑むHIP HOPの話だ。
リルケに関連して。これは、自分がすごく感動した文章。1999年って言ったら16歳のときかぁ。
「ヒマの垂れ流しのようなコトバ」がそこらじゅうに溢れてる。
写真も同じだよなぁ。見る人の心に残るものを撮りたい。
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リルケ
- 2005-10-02 (Sun)
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ー名字の言ー 深きに就く 2005年10月1日
100年ほど前のドイツ。詩人を目指す若者がいた。出版社に作品を送っても、なしのつぶて。他人の作品の方がずっと良くみえてくる。ぐらつく自信。若者は、自作の詩を著名な詩人リルケに送り、“評価”を求めた。リルケは返書にしたためる。一番やってはいけないこと――それは他人の評価に一喜一憂することだ、と。
さらに、自身に問うべきは「書くことを拒まれたならばあなたは死ななければならないかどうか」。「書かなくても生きて行けるということを感じるならば、もうそれだけで詩人になる資格はない」(中村ちよ訳『若き詩人への手紙』)。
自身の生命を懸けて悔いなき情熱はあるか――詩人は鋭く問いかける。これはまた、人生を深く生き抜く知恵を示していよう。岐路に立った時こそ、自分に問うてみる。己の全存在をかけても、やるべきものかどうか、と。おのずと答えは出るだろう。再び踏み出す一歩には、決然たる力強さが、こもるにちがいない。
御書に「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」(310ページ)と。地位も名誉もいらぬ、ただ広宣流布のために――この大情熱こそ、歴代会長と同志の胸に燃える学会精神である。新しい勝利の峰へ、完全燃焼の日々でありたい。
これを読んで、ハッとした。写真に置き換えたら「撮ることを拒まれたならばあなたは死ななければならないかどうか」「写真を撮らないでも生きていけるということを感じるならば、もうそれだけで写真家になる資格はない」ということだ。
写真家になるつもりはあんまりないんだけどさ(曖昧)、それはそれは凄いことだよ。
死ななければいけないかどうか。突き刺さるね。
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