整理がつかない

ああ、もう木曜日だ。一週間が短すぎる、バイトが連続3日間だから実質4日間しかないような感じがしてる。使える時間がなさ過ぎるのも良くないのかな、頭の中が混乱しすぎてて整理がつかない。

このサイトは独り言だと思うこともあるかもしれないけど、そうじゃないんだ。
自分は独り言も言わないぐらいに、言葉が苦手だから。日記も書いたことがない。自分から何かを発したりするのが得意ではないし、好きじゃない。だから、溜まってる気持ちを発散させるためにココに書いてるワケじゃない(その意味も多少あるような気もするけど)。

じゃあ、なんでココはあるんだろう、なんでココをつくったんだろう。自分が思ったのは、右上に書いた説明の通り、自分も含めてみんなの考えてることを共有したいと思ったから。

自分に対して言いたいことがあるなら、リアルなノートにペンで書いて眺めればいい。世界中に対して言いたいことがあるなら、Webのような個別のメディアじゃなくてテレビのようなマスメディアを使うべきなんだ。

でも、日々考えてることはそうじゃないことが大半だと思う。
みんなに対してなら、言いたいことがあるかもしれない、(ネガティブなことばっかり書いてるからあんまり説得力がないけど)自分を心配してほしいとかじゃなくて、みんななら自分を受け入れてくれるだろうし、その中で思ったこと・考えたことをひとつずつ整理していきたいという気持ちがあるから。
ただ、混沌とした気持ちとか、少し気になったけど見過ごしそうな些細なこととかを整理することが目的じゃないっていうか、分からないことを「分からない」と、できなかったことを「できなかった」と書くこと・思うこと・言うことが前に進む一歩だと信じるし、それができるのは受け入れる土壌があってこそだと思う。

というわけで今日は気持ちの整理がつかないことを「整理がつかない」と書いた。
自分のことだけじゃなくて、みんなのためになったら嬉しいです。はい。
なんかこうして欲しいとか、こういうことやりたいとかあれば何でも聞きますので。

ああ、でも別に自由に書いてもらってかまわないからね!
独り言でも何でも。自分も適当に、とらわれずに書いていくから!

ちょうど一年前の夕日

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雨上がりの空がこんなに美しいなら、雨も悪くはないと思った(写真はそんなに良くないが)。
これを撮った時も今と同じような心境だったのかもしれない。
日付を見て驚いた。2004年6月8日、ちょうど一年前だ。

昨日の夜は人に弱いところを見せる羽目になったけど、泣かずに耐えてた。
どうしてもダメな時があることは、自分でも分かってる。逃げたって、自分以外の誰かに助けを求めたって何も解決しないことも分かってるから、そんなことしたくない。
自分には、ただこのまま疲れて眠るか、対決して脱出するかしかない。

さあ、どっちを選ぼうか。

学びについて

今日読んだこと。少し長いけど引用。
内田樹氏は、神戸女学院大学文学部総合文化学科教授で、研究領域はフランス文学・フランス思想(レヴィナス、カミュ、ブランショ)・近現代フランス思想史(ユダヤ教思想、反ユダヤ主義)・身体技法論(武道論)・映画記号論など。
寝ながら学べる構造主義(文芸春秋)とかが有名ですな。

内田樹の研究室: 献本御礼ならびに「学び」について

つねづね申し上げているように、「学び」のもっとも起源的な形態は「母語の習得」である。
「そろそろ学齢期だし、ぼちぼち日本語でもやっとくか」というような判断をなされた上で母語習得を始める赤ちゃんというものは存在しない。
赤ちゃんが母語を学んでいるとき、赤ちゃんには「言語」という概念がない。
もちろん「コミュニケーション」という概念もないし、「熟練した母語運用能力を生かした職業に就きたい」というような就活事情もない。
赤ちゃんは「自分が何を学んでいるのか知らないことを学んでいる」。
それどころか「『学ぶ』とはどういうことかを知らないうちにすでに学んでいる」のである。
これが「学び」という遂行的なプロセスの本質である。

学校に入ると、「学ばなければならない」と教えられるんだ。何が学ぶということなのかも考えないまま知識を詰め込まれ、社会に放り出される。とりあえず単位を取るために出なければいけない授業もあるだろうし、何がなんだかよく分からないけど辻褄合わせのレポートも書く。そこに矛盾はないのだろうかと考えたとき、学ぶ理由を探すほかないんじゃないのか?

でも、内田氏はさらに言う。

ほとんどの人は「学び」というのは、「有用な知識や情報や技能」を主体的に獲得してゆくことだと思っている。
違いますよ。
「これから学ぶこと」は定義上「まだ学んでいないこと」である。
「まだ学んでいないこと」が「有用」であるかどうか、どうしてわかるのか?
それが何を意味し、どんな価値があるのか、どうしてわかるの?
もし学ぶ前にあらかじめそういうことが「わかっている」のなら、それは「学び」ではない。
学ぶとは、母語を習得している赤ちゃんがそうであるように、自分が何を学んでいるかを知らず、そもそも自分が学びのプロセスに巻き込まれていることにさえ気づいていないというかたちにおいて遂行されるものなのである。
だから、「学校に行って、これこれの知識や技術を身につけたい」というようなことを軽々に口走らない方がよろしいと私はつねづね申し上げているのである。
学校に行くのはよいことである。
それはそこにゆくと、「自分がその意味や価値を知らないこと」や「『自分がその意味や価値を知らないこと』さえ知らなかったこと」に偶然ゆきあうチャンスがあるからである。
そこをうろうろしていると、「あちら」の方から「ぐいっ」と襟首をつかんでくれるチャンスがあるからである。
お母さんが赤ちゃんにことばを教えるときと同じように、「学び」の場というのは学生諸君が主体的決断にもとづいて進んで行くところではなく、いきなり襟首をつかまれて「ひっぱりこまれる」場なのである。
ラカンは教育者としてもっともすぐれた業績を残した現代人のひとりであるが、彼が「ラカン派」を形成した仕方は教育実践の範例となるべきものである。
彼は出会った若者たちにこう告げたのである。
「ラカンを欲望せよ。なぜなら、君はどうして自分がラカンを欲望しなければならないのか、その理由を知らないが、私はその理由を知っているからである。」

何も知らずに(有用であるか分からないまま)「学び」に時間をかけていられるほどヒマじゃないんだ、現代人は、学ぶこと以外にも何かやらなければいけないと思わされている。忙しいと思い込まされている。みんな簡単にできるなら、やらせてほしいと願ってる。
それが間違いなんだと気付いた者だけが高みに出られるような気さえする。

この文章を読めば、日本の教育が根本的に間違ってることが明らかだと思う。
テレビをはじめとするマスメディアによる消費生活への斡旋とも言うべき、ウソ・脅しが氾濫してることに、気付いてる人なんてほとんどいない。高等教育を終えた人がほとんどだと言うのに、だ。消費的な生活を送ることでみんな満足してるし、サービス業の側もそれが生産的な生活だと思い込ませることで儲けている。少し気付いている人に対しては、本当のことは誰も教えてくれない、自分で見つけたいと思うなら血がにじむような努力をしなきゃいけないんだと、さらに追い討ちをかけるように開き直ってる。性質が悪いよ。

ああ、よく分からない展開だけど。自分のやりたいことが何なのかもよく分からないし。
でも何かの意味を知りたい。

だめだめ。

どうも、もんたです。
ダメダメです。

えーっと・・・今日はね・・・引きこもってた。

・・・あ、終わっちゃった

携帯電話の着信履歴が全部、不在着信です。
なんでだろう。頭が狂ったみたいだ。

Priceless

水戸芸術館現代美術センター学芸員のT O K Y O 仕 掛 人 日 記
一気に10本以上脈絡のない映画を見ると、数日してからもいくつかの場面が頭の中に浮かんでは消える。こうしたフィクショナルな世界が、微妙に僕の意識や行動に影響しているような気がする。こうした感覚は映画に限らず、アート、音楽等いろんな表現を体験した時に誰にでも起きるものだと思う。
「お金で買えない価値がある?Priceless」というクレジットカード会社のコピーがあるけど、自分が他者表現によって変化する瞬間は本当にPricelessで、この感覚があるからこそ表現という行為が世の中に必要とされる。そしてこのPriceless感覚の重要性を広めるのは、クレジットカード会社ではなく、表現に携わる仕事をしている人間の責務のような気がする。美術館では指定管理者制度が導入されて、ますます採算重視の方向性が強まっているので「いやー、Pricelessですから美術体験は」なんて開き直っていたら経営者かぶれの役人たちに袋だたきにされそうだけど、美術を見ることがPricelessな価値を持つことをもっと多くの人々と共有することが出来れば、日本の文化も好転して行く気がするのだが。そのためには僕らはいい展覧会を作っていくしかない。

そうか、Pricelessなんだね。

ディスプレイ届いた

結局買っちゃったよ、届いちゃったよ。デスクトップが広くなったー。もうね、ソフトウェア云々じゃなくてこれからはハードウェアの時代だよ。ソフトだけじゃどうにもならない問題が多い。例えばパソコンでテレビ見るより、テレビはテレビっていう機械で見たいっていうか、結局ハードウェアは単機能だからすごいみたいなところがあるわけで、やたら多機能にしてみても浅く広くなるだけのような感じがしますね。まあ話はそれたけど、リアルデスクトップは狭くなっちゃったわ、でも全然満足。

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あははー、お金請求しないでほしいなぁタダでもらったことにしたい(何をバカな)。
サムスンダイレクトで¥59800でした。即日発送で送料無料、自分は寝てたので受け取れなかったけど、注文した次の日の午前中には届いてたことになる。ドット抜けもなかったし、最初設定に戸惑ったけど今は快適。

このディスプレイ何がすごいって回転したり高さ変えたりするのが簡単にできる。縦長のウィンドウがほしいなーって思うと回転さられせる。
ご覧いただきましょう、デスクトップ<キューバ上空より>/あんぽんたんの表示

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あーなんてこった!もうあんな小さい画面には一生戻れないよ。困ったことだわ。

仕事ができる人

「仕事ができる人というのは、同じ量の仕事を与えられたとき、早く(正確に)終わらせられる人のことを言うのではない。自分より遅い人の仕事も一緒に進められるように動ける人である。」というような文章を読んだことがある。記憶が定かではない。

どういうことだろうと考える。要は全体観に立つとか、そういうことなんだろうか。
確かに、早く終わらせられることは特にすごいことじゃないっていうか、与えられたものを進めることにリスクはないし、早いに越したことはないけど、そこにプラスの要素は見当たらない。むしろ周りの人のモチベーションを下げてしまうこともある。プラスの動きをしなきゃいけないってことなのか、うーん、なんか考えてたらよく分からなくなってきたのでこの問題は保留。上の話を思い出しただけで素晴らしいことだ。

今日(昨日の話しだけど)バイトに遅刻して「仕事できるのに勿体無いよ」って言われました。自分が仕事できる方だとは思ってなかったよーー(確かにミスはほとんどしないが)。

ディスプレイがほしい!

Syncmaster 193P

Syncmaster 193P

カテゴリ:Personal Computers


あーやばいよーほんと。衝動買いしてしまいそうだよーどぉしょぉ。。。
[限定タイムセール]とか言われたら、ついその気になるんだよ、人間というものは。
でも実際、激安だし、とか自分を正当化しながら消費の道へ進むんだよね。
騙されてる!明らかに乗せられてるよ!思うツボだ! だけど今は騙されたいような気がすごくしている。

バイトで広い画面見てるから、家に帰ってパソコンの画面が狭く思える、それがなんだかちょっと寂しい気分なのよね…。Mac VS Windowsの争いも手伝って、さらに高みを目指そうとする欲求がくすぐらています。あーあーでもそんなところにクリエイティビティはないっていうか、別に環境がいいからって創造力が高まるわけじゃないんだよっていうことを自分にずっと言い聞かせて我慢してきたんだけども。もう、あー、まじで買ってしまいそう。

バイト代たくさん入ったから有頂天になってるけど、そこには手を付けちゃダメだー、いつものように自制が効かなくなるから。学費を貯めるつもりでして…それがバイトをする口実になっていまして…ディスプレイを買うために働いているわけではないのでして…。
さすがにこの金額をポンと出せるほど潤ってるわけじゃないので、クレジットカードの分割払いにしようかなぁ、とか、ダメだ!具体的なこと考えだしてるよーまずいよー誰か止めてください。

あと数時間以内に「購入」ボタンを押してしまう気がしてなりません。

いや、今試しに「購入」ボタンを押してみたら、欲しい色(黒)の在庫がないんだと。ああ、まずいね。これは。買うしかないじゃない。他のものもなくなるってことだ。

(追記:9:01) 購入ボタンを押しました。こうなることは分かってたんだけども…

不器用

awkward
━━ a. ぶかっこうな; 不器用な, まずい; 気まずい; 気のきかない; …しにくい ((to do)); 使いにくい (an ? tool); 都合の悪い; 不便な; 扱いにくい, 手に負えない, 侮りがたい.
awkward age (the ?) 思春期.
awkward customer 〔話〕 手ごわい相手.
awk・ward・ly ━━ ad.
awk・ward・ness ━━ n.

三省堂提供「EXCEED 英和辞典」より

つくづく不器用だと感じますよ、ええ、疑いもなく不器用な生き方をしてると思う。考えてると動けない/動いてると考えられない。シングルタスクオリエンテッドな精神構造。いろいろやってみようとしても、「何がなんだかよく分からない」状態だ。マルチタスクに切り替えようとしたところで、要らなくなった一時記憶メモリを解放する機能がない昔のWindowsみたいに、フリーズしまくり。ああ、OS乗り換えたい(自分の生き方も)。

偉人の言葉: 芸術について

あらゆる芸術の土は、人の世をのどかにし、人の心を豊かにするゆえに尊い。
夏目漱石

他人を感動させようとするなら、まず自分が感動せねばならない。そうでなければ、いかに巧みな作品でも決して生命ではない。
ミレー

芸術とは感情にほかならない。
ロダン

芸術は苦労と労苦の忍耐をもつ人間の魂に蓄えられた蜜である。
ドライザー

芸術こそが人間を人間らしくするのです。
創立者・池田大作先生