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2005-10

メモ

・眠れないのは、考えすぎてるから
・でも睡眠は大切
・そうするとタバコも大切な気がする
・今、空が明るくなってきた。色は薄ピンク

ネガティブ/ポジティブ

ひきこもりです。火曜日からどこにも行ってません(ビデオ屋とコンビニだけ行った)。
風邪ひいてたのもあるけれども、バイト全部休んじゃって、ヤバイよー。

でまあ、このブログ読み返してみたけど、暗いね。というかネガティブだね。
「?けど」とか多すぎ。そんで、文章の流れもほとんど全部同じ。

つまんねーなー。

スクール・オブ・ロック

スクール・オブ・ロック スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

販売元:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン( 2004-09-17 )

定価:¥ 4,179 ( 中古価格 ¥ 407 より )

Amazon価格:¥ 3,950

時間:109 分

1 枚組 ( DVD )


友人になりすまして名門小学校の代用教員になったロック・ミュージシャンのデューイ。教えることのない彼は、本業のロックの知識と精神を語り始める。やがて生徒たちも興味を示し、クラス全員でこっそりバンドバトルに出場することに…。ダメ教師が生徒たちのやる気を引き出し、生徒からも影響を受けるという、下手をしたらいくらでもあざとくなるテーマだが、ミュージシャンでもある怪優ジャック・ブラックの水を得た魚のような熱演と、個性的な子役たちの名演技で、心の底から笑える痛快作になった。
本作のおもしろさにして特徴は、生徒それぞれに役割が与えられる点。ステージに立つメンバーだけでなく、マネージャーやセキュリティーなど裏方の大切さが無理なく教えられ、デューイと生徒に育まれるきずなにすんなり共感してしまう。それだけなら単なるヒューマンな感動作だが、随所に込められたロックのうんちくで、コアな音楽ファンもニヤリとさせる。「ファミリー」と「オタク」。一見、相容れない両者をともに大満足させる希有な一作。文句なしに楽しめる!(斉藤博昭)

出演: ジャック・ブラック, ジョーン・キューザック, その他
監督: リチャード・リンクレイター

販売元: パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
発売日: 2004/09/17
時間: 109 分

久しぶりに映画を見た。あんまり期待しないで見たんだけど、全然良かったー!まじで。単純に映画として面白かった、映像が綺麗とか何が云々とかじゃなくて、面白かった。感動したし。良い映画だと思う。

ここ数日。。。

P1000294_3.jpg
Camera:DMC-LX1
Date/time origina:2005/10/16 19:02:24
Exposure time:0.3125 s
F-number:f/2.8
ISO speed ratings:200
Exposure bias value:0.00 EV
Metering mode:Pattern
Flash:Flash fired, auto mode, red-eye reduction mode
Focal length:6.3 mm
White balance:Auto white balance

Retouching software:Adobe Photoshop 6.0, ACDSee 8 Photo Manager

なんか、しんどい。
いや別に、しんどくもない。
というか、しんどくてしょうがない。

こういうとき、原因が分からないのが一番困るわけで、何が自分の中でモヤモヤしてるんだろうって考えて。気になることを箇条書き。

就職・学外展・写真・バイト・授業・学会活動・親孝行・折伏
雨・寒い・部屋が汚い・遊びたい・パソコン…とか。
ていうか、これ書いてたらきりがないことに気が付いた。全てを何とかしたいんだ。

でもね、昨日の本幹を受けて、自分は本気で変わりたいと思ったし、変わろうと決意した。
だから、もうなんていうか、簡単に言えば、負けたくない。
それらすべてに押しつぶされないように必死にもがいてる。

現在のデスクトップは、「悩みをつき抜けて 歓喜に到れ」というベートーベンの言葉。
第14回創価芸術展の実行委員長である30期書道部伊藤亜由美さんの書道の作品をちょっとアレンジして置いてみた。

desktop_200510170106.JPG

(2005/10/17 04:26:13) デジカメの画像、16:9アスペクトというワイドな画像なので、縦のものだと幅450pxに合わせて縮小してもやたら大きくなっちゃうね。少し、見づらいかな。
ちなみに、普通のデジカメのアスペクトは4:3で、ワイドテレビの画面は3:2。16:9はさらにワイドで、映画スクリーンとかプラズマワイド(?)の比率と同じ。
LX1には、3:2や4:3のアスペクトで撮る機能も付いてるけど、16:9で撮ると広角28mm(35mm換算)のちょっと広めの画角になる(それ以外のアスペクトだと28mmにならない)。フィルムの一眼レフでもいつも28mmレンズを使ってる自分としては、この広めの画角に慣れてしまっていて、なかなか離れられないようですな。

今日のこと

3度寝して夢に振り回されたあげく、創芸展の受付の任務には遅刻し、まったくの寝起きという最悪の状態でした。
そのあと本幹を牧口で見させていただき、厚田村の歌に誓いを思い出して再び立ち上がることができました。厚田村の歌は池田先生との原点であり、あのときの誓いを断じて忘れずに進んでいくこと、すべてに大勝利していくことをあらためて決意させていただきました。
本幹のあと外は雨が降っており、わたしは迷いながらもバイクにまたがって走り出しましたが、スーツなのにビショ濡れになり、家に着いた時はもうスーツから水が滴り落ちてました。
後輩とご飯を食べに行く約束をしていたので、着替えてから再び雨の中を走りました。雨にうたれるということは体力を異常に消費するようで、わたしは家に帰り着くなり眠ってしまいました。

足りない

P1000246_1.jpg
Camera:DMC-LX1
Date/time original:2005/10/07 0:25:46
Exposure time:1/5 s
F-number:f/2.8
ISO speed ratings:200
Exposure bias value:0.00 EV
Metering mode:Pattern
Flash:Flash did not fire, compulsory flash mode
Focal length:6.3 mm
White balance:Auto white balance

Retouching software:ACESee 8 Photo Manager

写真は、先日後輩がうちにきてくれたとき作ってくれた焼きうどん!
(ちなみにカメラはPanasonic DMC-LX-1、オリジナルの画像じゃないです)

ダメ人間ですわー。9日から何も食べてなかったから後輩を誘って(誘われて?)ご飯食べに行った。無理矢理食べたけど胃が動かなくて、池田講堂のトイレで……(言えません)。
まあこんな時間に起きてる時点で、ダメ人間。家に帰ってから即落ちして、さっき一時間ぐらい前に目が覚めた。ミーティングするはずだったのにね。ありえない。
なんかこう、最近そういうの多いね。動き出す5秒前に寝てしまう。体がついていかないのか、なんなのか。
とにかくね、ダメ人間だね。はぁ。

「なんか足りない」って思ってしまうとき。

なんか・・・

昨日バイト終わってから社員の人と少し話してて、「卒業した後どうするの?」って聞かれて何も答えられなかった。なんとかしたいとは思ってる。就活とか気になってはいるけど見ない振りをしてる自分。というかぶっちゃけ興味ないんだろうなって考えてみたり。

それで社員の人と話したからっていうわけじゃないけどアマゾンに就職とかいいよなーって思ってアマゾンのスタッフ募集のページとか見てたら、やたらと「コミュニケーション能力」が求められているんですよ。どこの職種でも。
それでなんか、自分はそういうの苦手だなとか思ってしまって、もうなんだか社会で使えないような人間なんだなとか思って。アホかって思ったわけです。
というかね、これ聞いてる時点でヤバイとは分かってるんだけどさ、「コミュニケーション能力」って何?どうやったら磨けるの?

そういえば、O’LIONZが創大祭に来るらしい。現役生でも見れるのかなーっていうかNIKKAさんに会えればいいんだけどさ。というか一回本気で話してみたいよ、あの人と。
O’LIONZ PROJECT ’05
Nikka - 来恩

マイクロさんとかさー村田とかさーほんと尊敬します。すごく純粋で。
Def Tech
The eskargot miles

Anyway, こうやって授業に出ないで家でダラダラしてるといろんなことを考えてしまう。

今のバイトに出会えたのはよかったことだ思う。自分は物を作るのが好きなんだなと思えたからね。写真とかデザインとか、そっちの方で食べていけたら一番いいなっていうのが理想。
NIKKAさんのCDのジャケット作った人とお近づきになりたいわ。
そして本屋さんもやりたい。

やりたいことはたくさんあるのよ。ほんとに。そんで分野によっては能力について自信もある(英語とかパソコンとか)けど、全然まとまんねーし、自分勝手だし、自分嫌いだし。

ただね、自分は人にどう思われるかとかあんまり気にしない方だと思っていたけど、そうでもないのかなって最近思う。というか、努力とは?のエントリーでも書いたけど、成果主義なのかもなって。あんまりそう思いたくないことだけど、SUAに落ちたときすぐ前を向けなかったのもそのせいなんじゃないかと思ったり思わなかったり。
やっぱりね、「トヨタに就職決まりました!」とか言ったらすごいと思うでしょ、普通。
そこでひねくれてる自分は、すごいと思ってるんだか、思ってないんだか、僻んでんだかよく分からない。冷静に見たらその人のこと何も知らないんだから判断しかねるっていうのが結論なのに、それもしたくないのです。
まあいいや。これもよく分からないし。

とにかくね、なんだかんだ言って大目的に生きられる人間になりたい。

今週も・・・

バイトが週4で入りそうです。さっき確定。
先週は土曜日含めた週4だったけど、今週はヘルプで2回平日に入ることに・・・。
はぁぁ。なんで断れないんだろうー。

じゃあ行ってまいります・・・。

BOSS THE MC

英雄史観 第2回: 宮沢賢治
TEXT: BOSS THE MC (THA BLUE HERB)
WOOFIN’ 1999年10月号


 「本来姿を持たないコトバ」を何とかしてオマエの心の根元に映すために、ただそれだけのために目の前のペンと紙はある。オレの肉体と心は「今思っていること」と同化してそれをどうにか「本来姿を持たないコトバ」で表現しようとしている。
 オレのコトバもみんなのコトバや写真と同じくここでは紙の表面にへばりついている。紙を破ればオレのコトバは正確な順列を乱し意味を失うし、火をつければ紙と一緒に灰になるだろう。あるいは発見されずに閉じられ部屋の隅で腐っていくかもしれない。コトバはペンを通してオレから離れた以上はもはやオレのモノではない。どこへいくのか? 読み手や聴き手の心だ。そこ以外に呼吸をできる場所はない。オレは誰に話しているのか? オマエにだ。オマエの(今、字を読んでいる)眼でも、ページを押さえている手でもなくオマエの心にだ。オマエにだ。どんな印象であれ、(好き嫌いはオマエのものだから否定はしないよ)、そこが晴れであれ雨であれオマエに記憶してほしくてオレはモノを書く。オレを。今オレが思ってることを。ヒマの垂れ流しみたいなモノはオレは書かないよ。いつ、どんな場でも。堅苦しい? ユーモアなら目一杯詰め込んでるつもりだけどな。
 コトバの力を最初オレは信じなかった。ただの「字」だと思ってた。そう思い込んでいた時間が長かった分だけ宮沢賢治のコトバにひどく打ちのめされた。それが直筆だったらまだその力もすぐに信じられただろう。魂が乗り移るのもわからなくはない。だけど、オレが読んだのは80年前に書かれたモノだった。何百回、もしくは何千回目かのコピーだった。そんなオレが生まれる前に東北の片隅で書き留められただけのコトバが、80年後に札幌の片隅の人間の心に容易に映像や音、怒りや悲しみ、苦しみ、痛み、そして喜びを見せる。単なる文字の組みかえではなく詩として。特定の誰かのためではなくコピーされたコトバがオレの心に入り込み、呼吸を始め、オレのコトバを倒し、結びつき、鍛えた。つまりひとりのラッパーを育てた。これまでもそしてこれからもいたるところでそうするように。宮沢賢治はこういった。いや正確にはこう書き残した。
  詩は裸身にて理論の至り得ぬ堺を探り来る。
  そのこと決死のわざなり。――
 オレのコトバがオマエにとって全く無益なモノならば、オレじゃなく誰かのコトバか、オマエのみたいモノを見ることを薦める。
 ヒマの垂れ流しのようなコトバがオマエに話しかけてきた時、オマエは全力でそれを拒否するんだ。なんの話かって? 無理解と無気力にコトバで断固闘いを挑むHIP HOPの話だ。

リルケに関連して。これは、自分がすごく感動した文章。1999年って言ったら16歳のときかぁ。
「ヒマの垂れ流しのようなコトバ」がそこらじゅうに溢れてる。
写真も同じだよなぁ。見る人の心に残るものを撮りたい。

リルケ

ー名字の言ー 深きに就く 2005年10月1日

 100年ほど前のドイツ。詩人を目指す若者がいた。出版社に作品を送っても、なしのつぶて。他人の作品の方がずっと良くみえてくる。ぐらつく自信。

 若者は、自作の詩を著名な詩人リルケに送り、“評価”を求めた。リルケは返書にしたためる。一番やってはいけないこと――それは他人の評価に一喜一憂することだ、と。

 さらに、自身に問うべきは「書くことを拒まれたならばあなたは死ななければならないかどうか」。「書かなくても生きて行けるということを感じるならば、もうそれだけで詩人になる資格はない」(中村ちよ訳『若き詩人への手紙』)。

 自身の生命を懸けて悔いなき情熱はあるか――詩人は鋭く問いかける。これはまた、人生を深く生き抜く知恵を示していよう。岐路に立った時こそ、自分に問うてみる。己の全存在をかけても、やるべきものかどうか、と。おのずと答えは出るだろう。再び踏み出す一歩には、決然たる力強さが、こもるにちがいない。

 御書に「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」(310ページ)と。地位も名誉もいらぬ、ただ広宣流布のために――この大情熱こそ、歴代会長と同志の胸に燃える学会精神である。新しい勝利の峰へ、完全燃焼の日々でありたい。

これを読んで、ハッとした。写真に置き換えたら「撮ることを拒まれたならばあなたは死ななければならないかどうか」「写真を撮らないでも生きていけるということを感じるならば、もうそれだけで写真家になる資格はない」ということだ。
写真家になるつもりはあんまりないんだけどさ(曖昧)、それはそれは凄いことだよ。
死ななければいけないかどうか。突き刺さるね。

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