アレとアレだけを考えればいい、とアドバイスをもらった。
この状況でも出来ることは山ほどあるような気がするし、全部を考えてもう一度動き出したい気持ちも出てきてるけど、
その反面、一切何も考えたくなくて実際には動けない自分がいて、なんだかよく分からない。
2006年 8月のアーカイブ
今は
旅に出る理由
北海道4泊5日の家族旅行。最北端から函館までレンタカーで移動。
稚内の街、すごく良かった、ローカルな街で。ロシア近いけど日本文化。
クリオネをみんなで必死で撮ったり、温泉で癒されたり。
話題の旭山動物園でペンギンが空を飛ぶムービーを撮ったり。地球を大切に。
広い空の夕焼けは、早い秋を感じさせた。洞爺湖で見た花火は、今年初めて見た花火。
函館は夜景が見れなくて悔しかったけど、相変わらずきれいな街並みで。
北海道といえば海鮮料理。カニ食べられるようになってて良かったぁ
やっぱり空の青さと広さが一番印象に残ってる。
まっすぐな道路の脇に小さな漁業や酪農のお家があって、牧歌的。
いろいろ見て。いろいろ食べて。いろいろ笑った。かな。
行けて良かったな。ありがとうございます
意志
意志
岡本太郎著 『強く生きる言葉』 より
意志を強くする方法なんてありはしない。
そんな余計なことを考えるな。
きみはほんとうは激しく生きたいんだよ。
だから、“死”が目の前に迫ってくる。
それはとても正常なことだ。
家族のこと
自分は、寂しがり屋で甘えん坊で、わがまま放題やらせてもらって、ずっとずっと甘えてた。心配ばっかりかけてこんなに愛されてるのに応えられない自分が情けないと思ったりする。
うちの家族は基本的にみんな口数が少なくて、揃ってご飯食べてても会話は極端に少ないような、ほかと比べればすごく淡泊な家族。顔を合わせても声をかけないこともあるしね。
家族旅行は恒例行事で、それぞれが好きなようにリフレッシュするためになってるけど、計画するのは全部母親で、みんなはついて行くだけ。
ただ、お互いのことは少しずつ気になったりしてて、心配されたり怒られたり褒められたり安心させたり、みんなのことは大好きだし、自分もものすごく愛されてると思ってることは確かです。
そのうえで、家族の中で本気で踏み込むことはほとんどない。「理想の家族」、何でも言い合える助け合える信心の面から言えば同志になれる、自分の中ではまだ曖昧だけどそんな理想からは少し遠いのかなと思う。
兄弟が3人とも成人して(育ててくれた両親へありがとうございます)、お互いのくだらない生活のことや何でもないことを気軽に話すことも一緒にテレビを見て笑うことすら少なくなったり、会話もメールも連絡事項チックなものだったり、ただ一緒に生活してるだけの人間なのかなって思うと寂しすぎて。本当に心を通わせられてる家族なのかなって不安になる。
家族のことは、こうやって考えるのも気恥ずかしいというか、当たり前の存在なのに、どうしてもうまく整理できない部分がある。自分の本当の根っこを決めてる部分だとどこかで分かってるからかもしれない。
とにかく、今までずっと一緒に生きてきて、過剰な心配とか感情表現とか考え方、つまり生き方を一番分かり合えててる人たちだということは確かなことで。これは、離れて一人暮らしして初めて感じられたことだけど、お互いを気遣えることはやっぱり貴重なことだしそれ自体が幸福なことだと思う。
今、考えることは、甘えるだけじゃなくて、信頼すること。信頼できてないはずはないけど、意識的にそこができるようになれば、少しは整理がつくんじゃないかなぁ。
家族に頼って、あとで自分が何か大きな恩返しができる人間になるために、今がある。
暴れだす
ウルフルズ / 暴れだす
あぁ 胸が
暴れだす 暴れだす
どうかそばにいてもしも あの時 もっと心に余裕があればなぁ
今まで こんなに人を悲しませずにすんだなぁ
人のために出来ることはあっても
人のために生きることができない
